しるし ~届けたい想い~

自身の先天性の難病であるレックリングハウゼン病と向き合い、その想いをありのままに綴り、作家活動の事も時々織り交ぜながら世へ発信している大河内愛美オフィシャルブログ

難病が私に教えてくれた事

 

レックリングハウゼン

私はこの指定難病を背負って生まれてきた。

今年で30年🕊難病で生まれてこなかったら

どんな人生だったかな、、、

 

きっと『いじめ』に遭う事もなかったんだろう

もしかしたら『ガラス工芸』に興味は持っても

『ガラス作家になる!』ぐらいの熱量は無かったかもしれない

 

小学6年生の時、テレビで観た『ガラス工芸』の世界。

あんなにもキラキラして輝いて見えなかったかもしれない

 

中学3年生の時、『大東駿介さん』に

『あんなに強く惹かれて、一緒に仕事したいな✨』って

発想になっていなかったかもしれない

 

人生は1つ1つが選択だ。

毎日『選択』して生きている。そこまで人生を大きく変える『選択』だと思わないかもしれないけれど、

確実に『人生』は変わっていっている、、

 

あの時の『選択』が1つでも違えば

『出逢えなかった』人は大勢いるし、

逆に言えば、『今の選択』をしたから

『出逢えなくなった人』は存在している。

 

『出逢ってない』から『存在を知らない』のだけど、

『本来は出逢えるハズだった人』は確かにいる

『必要な時に必要な人に出逢う』

これは、正しい。絶対に『意味があって出逢っている』

そこには必ず『学び』がある。

 

私は自分が難病じゃなかったら、、、

確実に『このブログ』は存在していないし、

 

レックリングハウゼン

を私自身が知らなかったと思う、、、

 

病の発信を通じて、、、

またその延長線で出逢った人達には確実に出逢ってない

きっと『人格』も『性格』も違ったんだろうな、、、

 

想像しただけで、『私』が『わたし』じゃないみたいで

なんだかちょっぴり寂しいです🥲

 

そう思うと、『わたし』ってどんな存在?とか

『何のために生きている?』って答えのない問題を

永遠と考えてしまいそう、、哲学だね🤫


f:id:manami-okochi:20240220212010j:image

 

私は、もし難病で生まれてなかったら、、、

今の人生を歩めてなかったから

『ないものねだり』になってしまうけど

 

多分『それなりに幸せ』だったと思う。

 

今でこそ難病の発信をしてるけど、

発信をしてない時は、病のある自分を卑下していたし

『誰にも言わず隠し続けていた』

『難病だと知られるのが怖かった』

 

『本当の自分』を隠して人付き合いをしていて

『それなりに楽しかった』けど

『仮面を被ってる自分』がしんどかった

『誰かに話して楽になりたかった』

だけど、誰にも言えなかった。

打ち明けるキッカケもないから、、、

『きっと心のどっかでタイミングを待ってた』

 

生きるのも辛かったし

先の見えない不安とずっと闘っていた、、、

 

身体に病状がたくさんあるから?

色んな合併症と向き合わないといけないから?

 

自分で自分の気持ちが分からないけれど、、

『難病』ってだけで他の人より劣ってる気がしたんだ、、

 

『今はそんな事ない』って声を大にして言うけれど

 

『自分に無いモノを持ってる人に憧れる』

 

『病気じゃなかったら、、』

『肌が綺麗だったら、、』

 

『病気』を理由にして逃げたかっただけだった

勿論、逃げるのは間違ってない

 

だけど私はずっと逃げてたら永遠に

自分を卑下し続けてたんだろうなって思う

 

生きてる途中で難病になったわけじゃなくて

生まれた時から難病だったから

 

『最初から諦めてる』事のが多かったけど、

今になって思うのは『そんなに全部諦めなくて良かった』

 

だけど当時の私は、いっぱいいっぱいで、、、

『そんな事ない、、、』って悪い方向に考えてしまってた

 

だけど『病気』だから『当たり前』が存在しないこと

『思いやり』『気遣い上手』な人が

どれほど素晴らしい事なのか、、、気付く事ができた。

 

『自分の事で手一杯』で

『周りの事まで気に掛けられない』って人のが

世の中すごく多いと思う。

だからこそ『思いやり』も『気遣い』も当たり前じゃない

 

その人に『優しい』って感じると

その『優しさ』って当たり前に思えてくるかもだけど

『当たり前』なんて存在しないんだよね、、、

 

 

『病気』を発信するようになって

『そんなに悪い人ばっかりじゃない』って気付いた

そして『普通』に囚われ無くていいことにも気付いた

 

『普通』って人々の思う平均値でしかない

『その人』によって対応も感じ方も違うから

『恋愛』に関しても

◯◯だから脈アリ、脈ナシって決めつけなくていい

 

『病気』があるから人一倍『感謝』出来るようになった

 

『当たり前』なんて人々が生み出した虚像

 

誰かにとっての当たり前は

誰かにとっては当たり前じゃなくて特別な事

⇧同じ事でも感じ方は人それぞれ違う

 

だから私は人の本質に触れることができる。

『感謝』して生きる事ができる

 

それってすごく良い事で恵まれてるなって思うのです